片倉小十郎景綱公

2010 年 4 月 6 日 by admin

*藩祖・片倉小十郎景綱
政宗の父・輝宗により若いときから政宗の傅役となってつかえ、常にその傍らにあって生涯を政宗に捧げ尽くしました。雄将の成実、智将の景綱ともいわれました。
豊臣秀吉、徳川家康も、景綱の実力を認めて、大名として取り立てようとしたものの、首を縦にふりませんでした。1602(慶長7)年、1万3千石をもって白石城を与えられました。
ひとつの藩内に、仙台城と白石城とふたつの城を構えるのは、例がなかったそうです。これは、家康が景綱を認めていたからとも言われています。

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